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大阪家庭裁判所 昭和50年(家)3186号 審判

本籍・住所 兵庫県

申立人 中村英子(仮名)

国籍 中国 住所 大阪市

相手方 陳夏成(仮名)

本籍・住所 申立人に同じ

事件本人 中村貞美(仮名)

主文

相手方は申立人に対し、事件本人の養育費として即時一四万円、昭和五一年七月から事件本人が高等学校を卒業する月まで毎月二万円宛をその各前月末日限り支払え。

理由

1  申立の要旨

相手方は申立人に対し事件本人の養育料として毎月二万円宛を支払えとの調停を求める。

2  事件の経過

申立人は昭和五〇年七月二九日当裁判所に対し相手方と昭和四九年二月一八日二男茂、二女貞美両名の親権者を申立人と定めて協議離婚したが、相手方は申立人の家に住んで申立人に脅迫や暴行を行い、養育費や慰藉料を支払わないばかりか反対に申立人に金銭の給付を求めているとして離婚後の紛争について調停の申立てをした。当裁判所調停委員会は昭和五〇年九月二二日、同年一〇月二七日および同年一一月一二日の三回に亘つて事件本人の養育費の問題も含めて調停を試みたが成立しなかつたので、申立人は昭和五〇年一一月一二日上記調停を取下げ、即日当裁判所に対し上記申立の要旨どおりの調停を求める申立をした。当裁判所家事審判官は、従来の経過から調停は成立しないものとして上記調停事件を終了させたため、同事件は本件審判に移行した。

3  調査の結果、当裁判所が認定した事実

申立人は兵庫県○○市○○町東○○番地に本籍を有する日本人であつたが、昭和二一年春頃、当時台湾○○県○○街○○×××番地に本籍を有していた相手方と知り合つて、当事者双方はお互に婚姻を希望し、昭和二二年三月一九日兵庫県○○市長に対し婚姻の届出をした。これによつて申立人は上記日本における本籍の戸籍簿から除籍された。申立人と相手方とは昭和二二年四月一日結婚式を挙げて同日以降○○市○○町○丁目○○所在の申立人の父中村義男方で同棲するに至つた。当事者間に昭和二三年二月一日長男永竜が出生した。当事者双方は昭和二四年頃長男永竜を連れて、○○市○○○区△△町のアパートに転宅して同棲を続けるうち、昭和二七年二月一九日長女真理子が出生した。当事者双方は昭和二八年八月上記長男、長女を連れて中国の○○に着き、同年一一月頃○○省×××市に赴いて同市××××街○号に住所を定め、同所において同棲を続けた結果、昭和三一年一二月九日二男茂が出生した。申立人は昭和三二年五月上記子供三人を連れて日本に里帰りし、親子四人は同年一一月×××市に帰つた。申立人は昭和三三年三月六日中華人民共和国の国籍を付与された。当事者間に昭和三五年一二月一三日二女貞美が出生した。当事者双方は昭和四九年三月、上記長男、長女を×××市に残し、上記二男、二女だけを連れて四人で日本に渡航し、上記中村義男方で起居していたが申立人が昭和四九年八月、申立人の肩書住所に在る○○市営住宅を賃借することができ、当事者双方およびその二男、二女はいずれも同所に移つた。当事者双方は不和が高じ、昭和四九年一二月一八日、上記二男茂、二女貞美の各親権者を申立人と定めて協議離婚し、相手方は上記市営住宅から出て別居した。爾来、事件本人は申立人によつて監護されている。申立人と二男茂および二女貞美の三人は昭和四九年一二月二七日中国籍を離脱し、無国籍となつた。相手方は昭和五〇年三月頃、申立人らが居る上記市営住宅に荷物を搬入し、同居するに至つたので、申立人が二男茂、二女貞美を連れて、上記中村義男方に身を寄せた。申立人と二男茂および二女貞美の三人は昭和五一年三月一一日帰化し、本籍を兵庫県○○市××町○○○番地の△に定めた。相手方は上記市営住宅に起居していない模様なので、申立人は昭和五一年五月末頃二男茂、二女貞美を連れて上記市営住宅に帰り、現在同所で暮している模様である。事件本人の貞美は現在中学三年生で、健康状態は普通である。申立人は現在内職をしているが病身で一か月について約一万円の収入を得ているだけである。事件本人の兄、茂は○○○○○○○××△△工場に勤めて、月給約七万円を得て、定時制高等学校に通つている。申立人と上記その子二人とは、申立人の内職による収入と、二男茂の月給およびそのボーナスで辛うじて生活を維持している。事件本人や申立人に他に資産はない。申立人の父義男は明治二九年七月九日生、母昭子は明治三四年二月二六日生で、共に老齢であつて、父は内職斡旋業をしているが殆ど収入がなく、その資産は同人ら現在の建坪約二〇坪余の平家建居宅だけである。その敷地は借地であつて、事件本人の上記祖父母に事件本人を扶養する余力はない。

相手方は、単身でその肩書住所々在の友人張秀興方を住所と定め、昭和四九年五月から○○△△株式会社に××工として勤務し、昭和五〇年六月から昭和五一年一月までの八か月間に同会社から支払を受けた給料は手取りで合計七〇万四、八五八円であり、またその間に二回に亘り賞与として手取り計八万九、四一六円の支給を受けている。相手方に、その他に資産はない。

事件本人は相手方に引取られ、相手方と同居することは、いやがつている。

4  結論

調停事件の管轄は相手方の住所地の家庭裁判所とする旨家事審判規則一二九条に定められており、本件調停事件は相手方の住所地を管轄する当大阪家庭裁判所に申立てられたものであり、同調停事件は不成立として審判に移行したものである。本件は子の監護者である母が、子の父に対し、子の養育料を求める事件であるから、家事審判法九条乙類四号に該当するものであり、家事審判規則五二条には、このような事件は子の住所地の家庭裁判所の管轄とする旨定められている。そこで本件は子即ち事件本人の住所地を管轄する神戸家庭裁判所尼崎支部の管轄に属するものであるが、大阪家庭裁判所における調停が成立しないため審判に移行したものである関係上、本審判事件は、家事審判規則四条により、当大阪家庭裁判所で処理するを相当と考える。そうすると本件は日本における当裁判所の管轄に属するものということができる。

本件の相手方は中華人民共和国であり、申立人および事件本人は、いずれも日本人であるから、本審判事件を処理する準拠法を考えなければならない。本件は未成年者である事件本人の養育料を、その親権者・監護者であつて母である申立人が、父である相手方に請求するものであるから、本件の準拠法は法例二〇条に従つて定められるものと解する。法例二〇条によれば、本件は父である相手方の本国法によることとなつており、相手方の本国法である中華人民共和国婚姻法(一九五〇・五・一公布施行)二〇条三項には「離婚ののち授乳期間中の子女は、授乳の母親にしたがうのを原則とする。授乳期間をすぎた子女につき、父母の双方がともに養育をのぞみ、争いが生じ、協議がととのうことができないばあいには、人民法院が子の利益にもとづいて判決する」、二一条一項には「離婚ののち女が養育する子女にたいして、男が必要な生活費の全部または一部を負担しなければならず、その負担する費用の多少および負担期間の長短については双方において協議する。協議がととのわないばあいには人民法院において判決する。」同条二項には「費用支払の方法は、現金または実物で支払うか、あるいは子供に代つて父が土地改革の結果取得した子供の田地を耕作してやるなどである」と規定されている。

なお、上記のとおり中華人民共和国婚姻法はこれら事件の処理は人民法院が判決でする旨規定しているが、本件の管轄が日本における当家庭裁判所にあり、本件が家事審判法九条乙類四号に該当するものである以上、当裁判所が審判の形式をもつて本件を処理することのできることは多言を要しないところである。

事件本人は従来どおり申立人との同居を希望し相手方との同居をいやがつていることその他諸般の事情を考え合せれば、事件本人は、親権者である申立人をして引続き監護させるのが相当である。

親は、親権者でなくても、その資力に応じて、資産や収入のない未成熟の子をして自分と同程度の生活をさせるに足る養育費を負担しなければならないものであるから、相手方は事件本人をして、相手方と同程度の生活をさせるに足る養育費を負担しなければならない。

上記認定事実によれば、相手方は昭和五〇年六月から昭和五一年一月までの八月間に給料として計七〇万四、八五八円の実収入を得ているので、これを八か月で割れば一か月平均の手取額は八万八、一〇七円となり、また賞与として手取額計八万九、四一六円の支給を受けているので、これを一二か月で割れば一か月平均の手取額は七、四五一円となり、上記各一か月の手取額の合計額は九万五、五五八円である。そこで相手方は月平均約九万五、〇〇〇円の収入を得ているものということができる。

この金額の二割を職業費として控除すれば七万六、〇〇〇円となり労研方式により消費単位を相手方重作業従事者として一一五、独立世帯二〇、事件本人八〇とし事件本人が相手方世帯にいるものとして事件本人の生活費を算出すれば、

76,000円×(80/135+80) = 28,279円

となる。

申立人は病身で月に約一万円の内職収入を得ているに過ぎないので、現今の社会状勢のもとでは月一万円では自分一人の最底生活費すら賄い切れないものと思われる。

そこで、上記事件本人が相手方の世帯に入つた場合における事件本人の生活費、申立人の本件要求額、その他諸般の事情を考慮するときは、相手方の負担する事件本人の養育費は二万円が相当と考えられ、本件申立は昭和五〇年一一月一二日であるから、本件養育費支払の始期は昭和五〇年一二月分からとし、その一応の終期は、現今における社会状勢においては、子女は高等学校に進学し、卒業するのが通常であるから、事件本人が高等学校を卒業する月までとするを相当とする。そして、毎月分の養育費はその性質上、その各前月末日限り支払わなければならないものである。

そうすると、昭和五〇年一二月から既に経過した昭和五一年六月分まで月二万円の割合による金額は計一四万円であるから、相手方は申立人に対し、これを即時に支払わなければならない。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 常安政夫)

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